真壁刀義

海外遠征から帰国後の2002年、KAIENTAI-DOJOの藤田ミノルと結託しヒールへ転身。しかし今度は棚橋弘至や柴田勝頼等が頭角をあらわした為、トップ戦線で活躍する第三世代と新闘魂三銃士(棚橋、柴田、中邑真輔)の間に埋もれてしまう。

そんな折、高山善廣とのタッグでプロレスリング・ノアの小橋建太、本田多聞が保持するGHCタッグ王座に挑戦。敗北を喫するも、奮闘を見せつけ自身の評価を上げる。その後は腰痛に苦しみ、なかなか結果を残せず。2004年8月、G1 CLIMAXに初出場を果たしたのを機に、リングネームを真壁刀義に変更。10月に成瀬昌由と共に下剋上宣言を行い、トップ層との争いを目論むも、頓挫。その後、成瀬がケガで欠場する間に蝶野正洋率いるブラック・ニュージャパンに加入。

2005年、G1公式リーグ戦2日目に対戦した中邑戦でアキレス腱断裂の重傷を負い長期欠場となった。