キワーコワルスキー

日本へは日本プロレスに3回来日し、1963年の第5回ワールドリーグ戦では決勝で力道山と対戦したほか、開幕戦でジャイアント馬場の凱旋帰国第一戦の相手を務め、時間切れ引き分けの熱闘を演じた。第10回大会では馬場と決勝で対戦したほかアントニオ猪木とも対戦している。

1971年には第2回NWAタッグ・リーグ戦に参戦し、パイルドライバーで2人の選手を死亡させたとされていたキラー・バディ・オースチンとの「キラー・コンビ」で好成績を収めている。全日本プロレスにも2回参戦しており、1975年の第3回チャンピオン・カーニバルにも出場。同じくチャンピオン・カーニバルに出場したジン・キニスキー、ブルーノ・サンマルチノと組んでインターナショナル・タッグ王座にも2度挑戦している(王者チームは馬場&ジャンボ鶴田)。