シーク

日本には1972年9月、末期の日本プロレスに初来日。坂口征二とUNヘビー級王座を賭けての2連戦を行い、初戦で王座を奪取している(第2戦で奪回される)。翌1973年3月、全日本プロレスに初参戦。ジャイアント馬場が持つPWF世界ヘビー級王座の初防衛戦の相手を務めた。1974年11月には新日本プロレスにも参戦し、沖縄でアントニオ猪木とのランバージャック・デスマッチも行われたが、シリーズ途中に緊急帰国してしまった(キラー・ブルックスらがビッグ・タイム・レスリングから選手を引き抜き、デトロイトで新団体を興したことによる)。シークが新日本プロレスに参戦したのはこの1シリーズのみである。