寝酒

Posted by reigatiansrufc on 6月 13, 2014 at 9:15 am | Filled Under: 未分類| コメントは受け付けていません。

アルコールには催眠作用があるので、飲むと寝付きがよくなります。

ですが、それは睡眠に入るためだけの一時的なものです。
寝酒が習慣となってしまうと脳に耐性がついてしまい、量が増えていってしまいます。

毎日のように続けてしまうと飲まなかったり、きれてしまったりした場合に不眠になってしまうこともあるようです。
もちろん適度に楽しめる程度であれば問題はありません。
ですが、眠るためだけに飲むことはよくありません。



ベンツと煙草

Posted by reigatiansrufc on 5月 2, 2014 at 7:06 pm | Filled Under: 未分類| コメントは受け付けていません。

コピペで面白いやつ。

2人の会話で、AさんがBさんに煙草を吸っても良いかどうか聞いた。

Bさんは許可した。その上で、少し説教しようと考えた。

A:煙草吸ってもよろしいですか? 
B:どうぞ。ところで一日に何本くらいお吸いに? 
A:ふた箱くらいですね。 
B:喫煙年数はどれくらいですか? 
A:30年くらいですね。 
B:なるほど。あそこにベンツが停まってますね。 
A:停まってますね。 
B:もしあなたが煙草を吸わなければ、 
C:ちくわ大明神 
B:あれくらい買えたんですよ。 
A:あれは私のベンツですけど。 
B:誰だ今の

この、ちくわ大明神というのは特に意味がない様だが、Aの最後の台詞に対して最もかっこよく(面白く?)返すBさんの台詞を募集したところ、

Cさんが突然登場したのだ。

よ~く読んでみると、後からじわじわ来る。

 

 



ユーリ・ショカルスキー

Posted by reigatiansrufc on 4月 1, 2014 at 7:58 am | Filled Under: 未分類| コメントは受け付けていません。

アレクサンドル・プーシキンの雇用主であったアンナ・ペトロヴナ・ケーンの孫であるショカルスキーは1880年に海軍学士院を卒業し、ロシア帝国海軍で経験を積み、セヴァストポリ海洋研究所の設立に関与、1912年に中尉の座に上り詰めた。この時彼は陸水学と気象学に傾倒し、300の以上の論文を著した為、多産の学者としても知られる。

アメリカ議会図書館の上左側にあるショカルスキーによる1912年のロシア帝国の地図 彼の最も著名な論文は1917年発表の「海洋学」である。この論文は気象学と水文学を結びつけ、気候観測を理解する為の海洋現象観測の重要性を説いた。そして、彼は陸水学と水文学の相違を作る事を説き、世界の大洋という用語を作った。



片岡直温

Posted by reigatiansrufc on 3月 4, 2014 at 10:38 am | Filled Under: 未分類| コメントは受け付けていません。

小学校教員、郡書記、滋賀県警察部長を経て1880年に上京、伊藤博文に知られその縁で内務省に入省。1889年に官僚を辞し、弘世助三郎に日本生命保険会社の実務を任せられ、創立時に副社長に就任。日本生命初代社長鴻池善右衛門に続き、1903年より1919年までの17年に渡って2代目社長を務めた。1915年、都ホテルの社長に就任。共同銀行、関西鉄道などでも活躍した。

政界にも地歩を築き、1893年に衆議院議員に選出。以降当選8回を数える。この間に桂太郎の新党構想に関与して所属の立憲国民党の分裂を引き起こして桂新党(立憲同志会)に参加、後に後身の憲政会総務を務める。第2次加藤高明内閣にて、商工大臣として初入閣。第1次若槻内閣で大蔵大臣を務める。



東京シティエアターミナル

Posted by reigatiansrufc on 2月 3, 2014 at 3:10 pm | Filled Under: 未分類| コメントは受け付けていません。

かつては日本航空やユナイテッド航空、エールフランス航空などの主な航空会社の搭乗手続きや出国審査の手続きが可能だった。元々、それを目的に造られたのだった。

ところが2001年のアメリカ同時多発テロ事件発生直後、FAAの通達によって出発空港以外では北米線の搭乗手続きが不可となり、出国手続も搭乗手続が必要なため不可となった。

これでリムジンバスの運行以外に業務がなくなり、今は各種店舗やレストランが入っている。

そうした訳で、今は閑散としている。



紙ではない

Posted by reigatiansrufc on 1月 22, 2014 at 10:27 am | Filled Under: 未分類| コメントは受け付けていません。

パピルスは、カヤツリグサ科の植物の1種、またはその植物の地上茎の内部組織(髄)から作られる、古代エジプトで使用された文字の筆記媒体のこと(区別のためそれぞれ、パピルス草・パピルス紙とも呼ばれる)。「紙」を意味する英語の「paper」やフランス語の「papier」などは、パピルスに由来する。ただし、パピルス紙は一度分散した繊維を絡み合わせ膠着させてシート状に成形したものではないため、正確には紙ではない。



それ以前は

Posted by reigatiansrufc on 1月 21, 2014 at 11:31 am | Filled Under: 未分類| コメントは受け付けていません。

ルネサンスより前、中世ヨーロッパは、古代ローマ帝国があった頃の文明の力は失ったものの、キリスト教が大いに栄え、というか、国家、社会、人々の生活のすみずみまで浸透していた。良く解釈すれば、キリスト教のおかげで人々はきびしい毎日にたえて一生懸命に働いたり、悪いことをしないように心がけていた。

しかし、ギリシャ文明や古代ローマ帝国のような、科学やキリスト教と関係しない芸術を否定し、どちらかというと人々をしばっていた。

それでも、人々がみんな質素だったらそれでよかった。しかし、十字軍のおかげでイタリアの都市では商業が発達して、生活にゆとりが生まれるようになった。また、貿易により中東などの進んだ文化が(入るようになった。商人は大金持ちとなり、都市では立派な寺院が建てられるようになった。



継承

Posted by reigatiansrufc on 1月 20, 2014 at 11:25 am | Filled Under: 未分類| コメントは受け付けていません。

かつては囲炉裏端でおじいちゃん、おばあちゃんが孫に語っていた昔話。

紙芝居などもそこらでやっていたと思う。

今は活字を通して位しか接する機会もなかなかない。

時代が変わり、生活環境が変わることで、良い物が継承されていく事の難しさを感じる。

何でも、生み出す事と同じ位に継承する事は難しい。



中国の

Posted by reigatiansrufc on 1月 17, 2014 at 8:24 am | Filled Under: 未分類| コメントは受け付けていません。

中国に古くから伝わる教えの数々。

現状を抜きにして、今こそここから人種を問わず学ぶべきではないか。

「3人行くときは、必ず我が師あり。」

孔子の論語だ。

3人と道を共にすれば、その中に必ずお手本となる存在は居るものだという意味の他に、反面教師としての側面もある。

何れにしてもそこから学ぶものは多いという事だろうか。

「知るということは、我執をなくすことだ。
自分のまちがいにきがついたならば、たちどころに改めるだけの勇気がなくてはならない」

これも論語。もし最初の自分を固執するなら、学びそのものの意味がなくなる。
改めて新しいものを獲得していってこそ、生きる意味があるのだという事だろう。

 



続き

Posted by reigatiansrufc on 1月 16, 2014 at 8:28 am | Filled Under: 未分類| コメントは受け付けていません。

温故知新という言葉には、実は続きがあった。

「故きを温ねて新しきを知る」には、その後に「以って師たるべし」という言葉が続く。

昔の事をよく吟味し、そこから新しい知識を身につける。すると、先生になれるというのだ。

以て師たるべし。古い知識を古いまま得るのではなく、そこから新しい知識を得る為には想像力が要る。

経験も必要だろう。師への道は遠し、という事だと思う。



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